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「現代絵画の《主題画化》」柿栖恒昭 : 「よじれたジャポニスム」

柿栖恒昭が『現代絵画の再生』(Kindle版)の中で、現代絵画は評論家によって無理やり「主題画」として解釈されている、美術批評はまるで批評家による作品乗っ取りのようだと言っている。

古典画は宗教や歴史が主題の絵画だったけれど、現代絵画は宗教家や支配者から自立した。文学者、哲学者、美学者、社会評論家からも解放され、現代絵画は道徳でも文化論でも美術論でもなくなった。マネ以来のモダニズムは意味や解釈から解放され、純粋な視覚的魅力を表現するようになった。そして、このような絵画を「網膜のみに訴える」と批判したのがデュシャンである。

その後、建築から始まったポストモダンが、美術にも及び、その否定すべき対象はグリーンバーグ流のモダニズムで、現象的に見れば、否定の対象になったのは、(誤解された)「抽象表現主義」である。いまでもグリーンバーグや藤枝晃雄の名前を聞くと逆上する現代美術家がいるのは、そのためだ。

グリーンバーグは純粋主義、還元主義、形式主義と批判され、その反動のためか、「内容」が求められるようになり、たぶん、イコノグラフィーの影響もあって、いつの間にか、表象文化論が芸術を支配して、フェミニズムやポリティカル・コレクトネスなどをはじめとして主題画が隆盛を極めるようになる。一度は絶滅しかかった文学、哲学、社会批判、そして道徳が息を吹き返してきた。そして、そこから生まれたのが「現代の主題画」なのだ。

目下の「主題画」の主流は「ポップ・アート」と「コンセプチャル・アート」ということになるのだが、それは、ポップ・アートがその背後にある「思想やコンセプト」が重要であり、他方、コンセプチャル・アートの方はコスースのプラトン的定義から離れ、コンセプトをイラスト(図解)する「コンセプチャリズム」(藤枝)になったからだ。主題の範囲は広がるばかりで、まさに「アート・バルブ」に相応しい光景が展開されている。

「主題画化」はもはや批評家による画家の一方的な搾取ではなく、画家と批評家のコラボレーションになり、そして、評論家と兼業する画家も多くなった。マチスは「もし、画家になりたかったら舌を切れ、そうすれば、絵を描く以外に自分を表現することが出来なくなるだろう。」と言った。しかし、今の画家たちは舌を二枚も三枚も持っている。

最近も、「描画技法」が現代美術の「主題」になる例があった。草刈ミカの『凹凸絵画』だ。中ザワヒデキは「草刈ミカ個展『凹凸絵画』(TAV Gallery)で草刈氏と対談『絵の具のマインドコントロール』。当然色彩(マチエール/ビットマップ)と重層する線(ベクター)の話になるでしょう!」とツィートしている。今年の『美術手帖』主催の芸術評論賞第一席を受賞したgnckの『画像の問題系 演算性の美学』も、同じように、ビットマップとベクターの視点から画像処理の問題(絵画の問題ではない)を扱ったものだ。図像の複製・ファイル化ならビットマップだろうし、デザインやドローイングならベクターが便利なのだろうが、いずれにしろ、ソフトであろうがハードであろうが、コンピュータに関われば、それは立派な「先端技術画」になる。

中ザワヒデキの作品には「ジャギー」があるから「先端技術画」なのだ。それなら草刈ミカの『凹凸絵画』はどうだろう。色彩はビットマップで、線はベクターだというけれど、うまい具合に、『凹凸絵画』にコンピュータ処理のアルゴリズムを読み取ることができるだろうか。「線と色」いうことで見れば、ポロックのポード絵画とも草間彌生のネット絵画とも違う。ポロック草間が「図画」だとすれば、『凹凸絵画』は「工作」だ。絵具の紐や糸で編んだチェックの織物であり、絵画でもなく工芸でもなく、手芸なのだ。

『凹凸絵画』は確かに面白い。その技は真似が出来そうにもない。しかし、隠された技法手順があって、そのコツを教えてもらって練習すれば、誰にでも出来そうな気もする。手芸とはそういうものだ。だれにでもマネが出来るものは芸術とはいえない。しかし、理屈をつけて、「主題画化」すればアートになる。だからこそ、線の引けない美大生たちが持て囃しているのだろう。主題画化したのは今流行りの美術家兼評論家である中ザワヒデキという特異な評論家だ。彼の作品は上で触れたgnckの評論『画像の問題系 演算性の美学』でも言及されている。評論家としては、近頃、はやりの「美術家による美術史」を書いている。なぜ、現代美術家が美術史を書くのか、説明するまでもないだろう。

現代アートは先願主義になった。新しい「主題(表現・描写)」はいち早く出願したほうが勝ちだ。草刈ミカは中ザワヒデキのお陰で特許を取得した。『凹凸絵画』は何よりネーミングが良い。後は、商品化に成功するかどうかだ。いま、美術業界で覇権をめぐって争っている。「ポップ・アート」と「コンセプチャル・アート」の間の争いではない。実は、村上隆と田中功起の争いは、「美の商人」と「美の官僚」の争いだ。背後にコレクターとパトロンの争いが隠されている。一流になるためには、両方に支持されなければならない。

いまは、「先端技術画」が脚光を浴びている。「画像処理系」と「データベース消費系」があるが、どちらも、ボードリヤールの『芸術の陰謀』そのままの「無価値無内容」の芸術だ。いま日本の主流の主題画は「先端技術画」ではなく、「反核反戦画」なのだ。田中功起のヴェネツィアビエンナーレの受賞を受けて、小松崎拓男が、村上隆、奈良美智、会田誠の「TOKYO POP」の終焉と、田中功起の「ライト・コンセプチュアル・アート」の始まりを宣言した。それに最初に噛み付いたのは村上隆で、さらに小松崎が反論して、他の三人もそれぞれツィートに参加した。しかし、四人はそれぞれ異なる作風で、何がポップで、何がコンセプチャルかは明確にはならなかった。

ところが、この四人はそれぞれ個性のある芸術家ではあるけれど、気がつけば、全員が「反核反戦」の宗教画家なのだ。奈良美智は日本人(?)の少女キャラで ”NO NUKES NO WAR”と極めてオーソドックスだ。村上隆はクールジャパン政策とタイアップした『リトルボーイ』展のサブカルチャーから、今度のガゴシアンの "In the Land of the Dead, Stepping on the Tail of a Rainbow,"展で宗教と伝説の主題画へと回帰した。会田誠には《河口湖曼荼羅》やパルテノン神殿の真ん中から原爆ドームが突き出ている《題知らず》(戦争画RETURNS)など、アイロニーであったり屈折したりしているけれど、明らかに宗教画や反核反戦画のバリエーションと思われる作品を描いている。最後に、田中功起は日常性から社会性、そして来年は「政治」への架け橋となるものを考えたいと言って、日本国憲法を毎日読むというパフォーマンスをやっている。当然「反核反戦」になるだろう。

国際的に活躍している日本の代表的な現代美術家が程度の差はあれ、四人とも、「反核反戦」の主題に関わるのは、グローバルな主題だからということもあるが、いったいそれだけだろうか。

Chim↑Pomが原爆ドームの上空に飛行機雲で「ピカッ」と書いて騒動になり、被爆者団体の代表に謝罪するという事件があった。そのとき相談をうけた会田誠は「アーチストは安易に謝罪すべきではないんじゃないか」と答え、さらにエッセイでは、「今回ばかりはスベるかも、と思わないこともないが、スベったって構わないとも思うし」と書いているのだが、実際に判断を誤ったのは会田の方だった。会田は芸術家としては正しかったかも知れないが、戦略家としては誤っていた。広島は世界で通用する唯一のジャポニスムであり、"Super Rat" と "Super Flat"のLとRのダジャレは通じなくても、ヒロシマの原爆投下は世界中が知っている。

「反戦平和」なら確かにグローバルな主題である。それなら「反核反戦」はどうだろう。「反戦」は一先ずグローバルとして、「反核」の方は「反原爆」と「反原発」に分かれる。「反原爆」はグローバルだが、「反原発」はグローバルとはいえない。それにもかかわらずアーティストに限れば、特に日本のアーティストのほぼ100%が反核原理主義者である。なぜだろう。

こんなことになったのは、おそらくヒロシマ・ナガサキのあとにフクシマがあったからだ。《リトルボーイ》のトラウマから立ち直りかけたところを、フクシマの原発事故がボディーブローのように効いた。しかし、本当にそうだろうか、3・11は、むしろ、トラウマから立ち直るチャンスだったのではないか。フクシマでは暴動も略奪も起きなかった。「フクシマ・フィフティーズ」は死を覚悟で事故現場に残った。ビル・ゲイツは原発の安全性は証明されたと言って東芝に投資した。世界の人々は感嘆した。日本人は自分たちの「美意識」に自信を持つこができたはずだ。

『スーパーフラット』の村上隆は直接「反核反戦」ではないが、「おたく」の替りに仏画(宗教画)の《五百羅漢図》を元にして、100mの作品をNYガゴシアン・ギャラリーに展示した。派手ではあるが質の低下は隠しようがない、どうしてもストリート・アートのグラフィティに見えてしまう。「勿論そのつもりだ。グラフィティの何処が悪い」と言い張るなら、「勝手にしやがれ」と言うほかない。四人の中でただ一人魅力的な線を持っている奈良美智は、自分の少女キャラを使っての反戦ポスターという安易な主題画でお茶を濁す。田中功起は、「フクシマのカタストロフィーはわれわれを(政治に)目覚めさせた」と言っているが、果たしてそうか。ただ、左翼過激派の組織的扇動にのせられただけではないのか。「60年安保」を知っている者にはそう見える。そもそも田中功起自身が『災害ユートピア なぜ、そのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(レベッカ・ソルニット著)というトンデモ本を持ちだして、世界が感嘆したフクシマの人々の「美学」をわざわざ否定して見せたのは、いかなる料簡だろう。ナショナリズムと誤解されて、ドイツのパトロンのご機嫌を損ねるのを恐れたのだろうか。ともかく、これも一種の「戦略的ジャポニスム」には違いない。

日本の美術家が世界で受け入れられるためには、《反核反戦》しかないのだろうか。《よじれたジャポニスム》と言うほかない。それでは、いつまでたっても《リトルボーイ》のトラウマから立ち直る事は出来ない。このことが、日本の現代美術を閉塞させている一番の理由ではないか。

唐突だが、私のブログの読者なら既にお気づきだろうが、日本の現代美術を再生させるには北斎に戻らなければならない。それも《春画漫画》の北斎にだ。北斎は日本の最初で最後のモダニストだ。線と色の魔術師マチスは北斎が「画狂老人」(vieillard fou de dessin)と称することに異論がないと言った。北斎は江戸という都会のその時代を生きている普通の人々を描いて、ボードレールが『現代生活の画家』で描いた“modernité”の精神に通じるものがあったのだ。なかには風刺とか笑いとかいう向きもあるが、北斎にはそんなものはない。あるのは江戸の普通の人々への愛だけだ。

永井荷風が正しくも指摘したとおり、「北斎は寔に近世東西美術の連鎖なり。」(『浮世絵の鑑賞』)だった。しかし、それは西欧側だけで、明治の日本は、日本画家も洋画家も北斎を日本の近代美術史から抹殺した。誰かが北斎を忘却の淵から救わなければならない。

いま、ニョウボは北斎の《春画漫画》と悪戦苦闘している。




注:会田誠の「反核反戦」については保留して置く。会田誠は決して「戦略的ジャポニスム」を利用しようとしない。あくまでも日本画の精神なのだ。そのことを考えれば、《灰色の山》もまた違った意味を持ってくる。




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2014.11.28[Fri] Post 21:01  CO:0  TB:0  芸術論  Top▲

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