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「コンセプチャル・アート」のポップ化

ポップ・アートが「コンセプチャル・アート化」していることは、『美術手帖』の「ポップ特集」での楠見清の発言でも明らかだ。そして楠見清に呼応して、会田誠が自分はポップではなく、処女作《河口湖曼陀羅》以来、コンセプチャルだったと、「コンセプチャル宣言」をした。この宣言は横尾忠則の『画家宣言』に匹敵する重要な日本のポップアート界の宣言なのだが、注目されることはなかった。

この「コンセプチャル化」したポップ・アートは、本来のコンセプチャル・アートではない。コスースが浅田彰の対談で言ったように、コンセプチャル・アートは、「観念」さえあれば、物理的な作品は必要ない。楠見清がいう「思想・コンセプト」はポップ・アートにかぎらず、思想なら宗教画やPCフェミにもあるし、コンセプトなら「来週発売のわが社の新商品」にもある。もちろん、これはコンセプチャル・アートというよりいもコンセプチャリズムというべきだろう。

そんなユルユルな日本の現代美術の状況で,本格的なコンセプチャル・アートが登場した。ベネチア・ビエンナーレ受賞という栄誉に輝く田中功起が水戸芸術館で個展を開催している。水戸芸術館の『田中功起 共にいることの可能性、その試み』が、田中功起の国内初の大規模個展ということもあって、人気らしい。

どういう人達が見に行くのだろう。水戸芸術館といえば、設計者は磯崎新だ。かって椹木野衣の『日本ゼロ年』や松井みどりの『マイクロポップの時代』など、異端のポップアート展が開催された美術館だ。ここには、「軽いもの」への時代の流れがあった。

そして、こんどは小松崎拓男が「ライト・コンセプチャル・アート」のレッテルを貼った田中功起の大規模個展が開催された。「コンセプチャル」だからといって、「ポップ」に対立するものではない。「ライト」という形容詞で、小松崎のコンセプチャル・アートは「マイクロ・ポップ」の「軽さ」につながっている。

ここに、「ポップ・アートのコンセプチャル化」と同様に、「コンセプチャル・アートのポップ化」が生じている。コンセプチャルと言っても、難しいものではなく、PCやフェミさえ気軽に楽しめる娯楽にしてしまう。

水戸芸術館の『田中功起展』を見に行く人は、芸術とはとても思えないパフォーマンス・ハプニングを、「素晴らしい」と感想を述べるために、遠い道のりを物ともせず、見物に行く、「芸術的にエリート化した大衆」(藤枝晃雄)である。今度の展覧会は前回と違って物理的作品のない本格的な「コンセプチャル・アート」らしい。

日本の現代美術に大いなる刺激を与えてくれるだろう。美術評論家なら、キー・ワードを並べてお茶を濁さず、 村上隆と田中功起の対決に決着をつけて欲しいものだ。

スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

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2016.05.13[Fri] Post 21:11  CO:0  TB:-  田中功起  Top▲

田中功起の《コレクティブ・アクト》はグループ・セラピーか

田中功起のヴェネチア・ビエンナーレの映像インスタレーション「抽象的に話すこと - 不確かなものの共有コレクティブ・アクト」の第一部は、複数が協働して一つの芸術的創作を行うのだが、これは「バラエティ番組」の「パクリ」だということはすでに述べた。「パクリ」というのは、一種のアプロプリエ―ションの手法のことで、村上隆が「おたく」のパクリなら、田中功起は「バラエティ」のパクリになるということで、とくに否定的な言辞ではない。(*) ただ、村上の場合は形があるので目立つけれど、田中の場合は方法なので目立たないという違いがある。

映像インスタレーションの第二部は、「まだ固まりきらないアイデアに基づいて誰かと何かを行い、それを写真やテキストにとどめたものだった。非常食を食べながら自分の名前について話す、懐中電灯を持って大勢で夜の街を歩くなど、田中が《集団的行為 collective acts》と呼ぶ、まだ行方の定まらない種々の実験である。」(プレス・リリース) 第一部のプロジェクトは「社会心理学的実験」だったが、第二部も「実験」であり、ともにシミュレーションだということでは共通している。この集団的行為の実験を東京駅で大勢のサラリーマンが階段を降りてくるのを見て思いついたと田中は言う。これも、ビニール傘が風で飛ばされるのやオレンジが階段を転げ落ちるのと同じようにちょっと面白い情景だ。

しかし、この集団的行為には第一部の芸術的な共同作業と違って、何かを創作するという目的はない。懐中電灯を持って集団で歩けば、他の人は何事かと訝しむだろうし、懐中電灯がペンライトのかわりになっているところはバラエティ的だけれど、まさにそこで集団における個体同士の原初的なコミュニケーションが生まれる。食事や睡眠など人間の基本的な欲望も関わってくるのだから、言葉以前のコミュニケーションも生じる。引き合うだけではなく、反撥もあるだろう。そして、最後は言葉の交換になる。

この集団行為の実験には社会性の萌芽はあるけれど社会批判はない。集団的行動をとおして個人としての自己を知ること、コミュニケーションよりアイデンティティを求めることが重要になる。そうだとすれば、「非常食を食べながら自分の名前について話す」というのは、「グループ・セラピー」そのままだ。カウンセラーもいない、悩みを告白するわけでもない。しかし「名前」は、他人と自分を識別する目印なのだ。

「宗教との結びつきを欠いた芸術は自己を見失い、娯楽や心の治療法のごときものとなり、そうした堕落から芸術を救出するには至らなかった」と藤枝晃雄は言う。

芸術は治療法として作用するという指摘は、ロバート・ヒューズのポストモダンへの批判の中で繰り返される。 ~(中略)~ 治療法としての芸術、それは芸術に投資する成り上がり者、それに群がる画商や美術ブローカー、芸術に憧れる文化人、感性的なものとは無縁な美術評論家、学芸員、美術史家、そして芸術家自身を一時的に癒やすものである。(『現代芸術の彼岸』7P.藤枝)


「現代美術」は美術業界の集団セラピーと言える。美術に癒やしを求めたのはポストモダンの芸術家が最初ではない。芸術による自己救済はモダニストの画家と成り上がり者のコレクターが始まりだ。しかし、画家とコレクターの関係は、例えば、マチスとシチューキンのように、作品を媒介にした関係だった。ところが、作品を作らないコンセプチャル・アートが生まれた。買うものがなくなったコレクターは作品を買う代わりにアーティストを援助するパトロンになった。あるいは話は逆かもしれない。パトロンは、「芸術に投資する成り上がり者」などと批判されることもなく、芸術に関わることが出来る。村上隆と田中功起の対立の背後にはこのコレクターとパトロンの対立が隠されている。

田中功起が受賞したドイツ銀行の《Künstler des Jahres》2015は賞金は出さない、そのかわり若い芸術家を育てるためにベルリンの「芸術会館」での個展のチャンスを与えると、さすがに芸術の保護者らしいことを言っている。

「治療法としての芸術」といえば、誰よりも会田誠のことだろう。彼の全作品は、《河口湖曼荼羅》から《灰色の山》まで、自己救済のためと言っても過言ではない。このことは多くの人が美学的視点から論じているので、私の出る幕ではない。しかし、もっと通俗的な「癒やし系」と言われる視点から述べておきたいことがあるけれど、それはまた別の機会にしたい。






スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2014.10.20[Mon] Post 00:41  CO:0  TB:0  田中功起  Top▲

ドイツ銀行の『Artist of the Year』受賞後の田中功起のインタビュー

 『art』 Das Kunstmagazin 7/8/2014の記事からの拙訳



  《われわれ自身をちょと振り返って見よう》


田中功起はビデオ・アート制作のために、美容師や陶工、ピアニストに協力してもらった。彼はなぜチームワークが自分の作品の大きなテーマなのか、『art』誌のために話してくれた。
                  [インタビュアー:Sophie Jung]

田中功起のビデオ作品は皆で同時に同じ仕事をする人たちを記録している。彼等は一緒に一台のピアノを弾き、九人の美容師が一人のモデルために新しいヘアスタイルを考えだす。田中のインスタレーションやパフォーマンスは常に社会性をめぐって展開される。

【質問】 あなたの作品は集団行動の困難や矛盾を明るみにします。なぜ、あなたはこれ等の社会的要因に関わる問題に取り組むのですか。

【田中】 美容師やピアニストだけではなく、陶工や詩人にも協力してもらいました。すべてのプロジェクトは連続するシリーズの一部です。どれもコラボレーションのプロセスの問題です。ということは、参加者が結果の分からない状況の中でいかに協力し合うかをめぐる問題なのです。参加者が一時的に集まったグループなら、最初は、コラボレーションを楽しみに喜んで参加します。しかし、参加者はそれぞれ異なる社会背景を持っているし、自分の職業に関して異なるイメージ、すなわち、芸術とは何か、芸術はいかに実行されるかに関して異なるイメージを持っている。そういうわけで、参加者は予想もしなかった芸術上の問題に突き当たるのです。彼等はヘアカットや焼物作りや音楽、詩作についてどう考えているか自分の考えを述べることが求められます。ビデオ撮影を始めるとき、いつも、彼等がお互いに議論できるような自己反省的な課題を与えておく。たとえば『ピアノービデオ』のプロジェクトでは、“sound track for collective engagement”(集団参加のためのサントラ)というテーマです。それは結局は自分たちが直面した状況と同じものなのです。みんなで一台のピアノで一つの曲を演奏するというテーマです。陶工のグループはプロを集めました。彼等はもっとも激しく衝突したグループでした。コラボレーションをしているときに、陶工の一人がこれ以上続けることを拒絶した。そして彼は何故一緒にやれないか話し始めた。失敗はある意味で、常に何らかの真実を発見してくれる、このプロジェクトの一部です。一面では美しく、他面では醜いのです。

【質問】 陶工、美容師、ピアニスト、詩人、あなたはプロジェクトのために創造的な仕事をしている人たちを集めます。なぜ、別の職業を選ばないのか。たとえば、協働して橋を作っている技師たちなど。

【田中】 技師の仕事は部門で分けられるのが特徴です。たとえば、技術的な観点からです。その作業過程にはヒエラルキーの組織が必要になります。これはコラボレーションという意味での共同作業ではありません。それに対して、芸術家の仕事は個人的なものです。ーたとえば絵を描くことー それは役割分担という考えには馴染みません。芸術家の仕事は有機的なものだ。もし、参加者が一緒になにかを創造したいと思うなら、民主的に協働しなければなりません。 芸術家の制作と言うのはコラボレーション作業の大変良い例です。しかし、非常に極端な例でもある。なぜなら、芸術家は本来一人で作業するものだからです。わたしのプロジェクトの参加者は、自分たちにとってコラボレーションとは何か真剣に熟考しなければならない状況に陥ります。この意味で極端な状況というのは私達の社会の反映でもあるのだ。この私のプロジェクトのために集まってもらった一時的な共同体を通してわれわれ自身の社会を振り返ってみることができるのではないか。(このあたりの正確な意味不明:訳者)

【質問】 あなたは、自身の芸術について、自分の仕事は日々の決断と格闘することだと言っている。その例としてまったく単純な物事を挙げている。朝食はバターピーナッツにするか、トーストにするかなどです。ありきたりで個人的なさしあたってのことがあなたの仕事に中心なのですか。

【田中】 個人的な決断はしばしば政治的な決断でもあるのです。最近、ロンドンのICA(現代芸術研究所)のためにあるプロジェクトを行いました。それは、2011年のロンドン暴動が勃発した地区の住民に関するプロジェクトです。なんらかの形で反乱に参加した人たちに、騒擾が起きた日に通った帰宅路をもう一度辿ってもらうという遣り方で、その日を再現してもらい、それをビデオに撮り、後で彼等にインタビューをした。彼等にはその道を選んだ非常に個人的で特別な理由があった。ある者はあの晩女友達と家に帰るところだった。彼女は何としても騒動に参加し、道沿いの商店の略奪に参加して、彼のためにT-シャツを盗もうとした。彼は何度も暴動に入り込むのは止めてくれと頼んだ。

再現することで、彼の当時の記憶が甦った。暴動は政治的な出来事だが、また、まったくの個人的な経験でもあった。日常的な事柄を話すことから始めれば、あとになって予期しなかったことが明らかになる。

【質問】 2013年のベネチア・ビエンナーレの日本館のインスタレーションはあなたが中心に行った。そこで、2011年のフクシマの核災害と比較することで、集団行動における矛盾を芸術家として分析して見せてくれました。しかし、あなたのビデオ作品はすでに部分的にはそれ以前に作られていました。イヤミに聞こえるかもしれませんが、これはただ偶然がうまく働いたということですか?

【田中】 私はすでに2010年に『九人の美容師による(二度目)ヘアカット』のプロジェクトを行っています。しかし、地震と津波と、最後に核災害が起きた後、この仕事に対する私の見方が突然変わってしまいました。『ヘアカット』ビデオとフクシマ後の日本の社会のあいだに小さな結びつきがあることを知ったのです。そういったカタストロフィは、たとえ望ましいことではないにしろ、連帯と助け合いのユートピア的瞬間を生み出すものです。日本だけではありません。: 『災害ユートピア なぜ、そのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(レベッカ・ソルニット著)という本があります。そういうわけでこの本を読んだのですが、これは米国の自然災害の多くの事例を扱っている。サンフランシスコ地震やニューオーリンズのカトリーナ・ハリケーンなどです。ソルニットは、このような災害の後いつも短期的な共同体が形成され、人々は連帯する。日本でもそうだった。 日本館のキュレーター蔵屋美香にヴェネツィアでフクシマの災害をテーマにする気はないかと問われたので、『ヘアカット』ビデオを日本館のプロジェクト全体の冒頭に持ってくることで、日本館のプロジェクトはやっとのことで、災害後の社会の現状と将来に向けた可能性と取り組むプロジェクトになった。

【質問】 福島カタストロフィ以来、個人的なあるいは芸術家としての態度に変化はありますか?

【田中】 そうですね、われわれの世代の日本の芸術家は、以前はいつも非政治的と言われてきました。芸術家は日常的なことに専念して、日本の政治的社会的状況とは関わり合おうとはしなかった。それには理由がある、この世代は90年台の不景気の時代に現れた世代です。不景気はすでに20年継続しています。我々の世代は日本が経済的に強国だと感じたことはありません。ヨーロッパにくると、いつもユーロやポンドが強いと感じました。もうお金はありません。何ももっていません。というわけで、わたしたちは将来もなく現在と身の回りの細事もかかずらっているのです。わたしが美大の学生だった時皆そう感じていました。ところが福島のカタストロフィは我々を目覚めさせたのです。我々の世代だけではなく、日本人みんなが目覚めたのです。

【質問】 ヴェネチア・ビエンナーレで上映されたビデオはネットで見ることができます。だれでも見ることが出来ます。これは空間的だけではなく、ネットでお互いに結びあった一種の共同体なのでしょうか。

【田中】 ヴェネチアは特別なのです。日本館のプロジェクトは日本とある意味で密接な関係にあります。プロジェクトは日本から始まって、日本を扱っています。ところがイタリアは遠い国です。それで、日本館のすべてのビデオと情報をネットにアップロードして、開会前にはTwitterでも自由にしました。わたしはただ日本の皆にビエンナーレに興味を持って欲しかったのです。そもそも、一般的な日本の観客に私の仕事を身近に感じて欲しかったのです。同時にギャラリーでも販売したけれど、ビデオをアップしたことでこの目的は達せられました。私はフランス・アリスの大ファンです。彼もまた自分のビデオ作品をインターネット上で公開している。彼の仕事は公開するために行われる。だから公開する。そういうのが好きだ。

【質問】 ドイツ銀行の“Artist of the Year”に選ばれました。ドイツ銀行のアートホール(ベルリン)で、来年ヨーロッパの公的機関での最初の個展が開催される。どんな展示をするつもりですか?

【田中】 私の芸術家としての実践は多岐にわたる。まだ、正確には分からないが、古い仕事を新しい仕事に結び付けたい。今は社会的なテーマと政治的なテーマを芸術的実践に取り入れている。以前は、日常的なものとそのオブジェにより集中してきた。日常的なものと社会政治的なものとの間に橋を掛けることが私にとっての挑戦だ。来年の展覧会は、回顧から私の総体的な芸術的実践の肖像画のようなもの作成するための絶好の機会になると思っている。展覧会はテーマごとの地図のようなものになるだろう。展覧会がどんなものになるか今から私自身がワクワクしている。

以上

このインタビューを読むと田中功起と村上隆の対立点がよくわかる。いくつかのポイントを指摘しておく。

①村上隆が欧米の文脈というが、田中功起も欧米の文脈に見事に乗っていることが分かる。

②このインタビューで一番のポイントは田中功起がフクシマのことを問われて、『災害ユートピア なぜ、そのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(レベッカ・ソルニット著)を持ちだしたことである。これは「トンデモ本」ではないかとすぐにピンと来た。Amazon.comの星1つと星5つを幾つか読んだ。どちらもおもったとおりだ。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』だ。朝日新聞の書評欄に柄谷行人の書評がある。唖然とする。独断というより昔のサヨクそのままの臆見で、今ではむしろ珍説の部類だ。

③エンジニアとアーティストに於けるコラボレーションの違いについての説明が不明瞭だ。村上隆の工房方式の開発と田中功起の企画会議を比較すれば、手で作る作品の有無が重要。田中さんのプロジェクトの成果はなにか。失敗にも意味があるというのはおかしくないか。コンセプチャル・アートだからか。芸術に於けるコラボレーションの問題は村上隆に聞いたほうがよくないか。

④コンセプチャル・アートというより、社会心理学的実験ではないのか。パブロフの犬の実験はコミュニケーションの問題でもある。なぜ、フクシマの事実を隠そうとするのか。朝日は嘘をついてまで、「フクシマの50人」を否定しようとした。連帯や助け合いには程遠い反核運動。広島や長崎では泥水を飲んで頑張ったと被爆二世の山下長崎大教授は言った。そして、サヨクたちは官邸前デモこそSNS連帯だと言い張った。

⑤日常的なものと社会政治的なもののあいだに橋をかけるという田中氏の新しいプロジェクトは、それ自体随分と古い六十年代の政治的テーマだ。当時は実存主義かマルクス主義かの問題で、サルトルの“engagement”の思想が喧伝されていた。しかし、アンガジェしないこともアンガジェだと、なにやら訳の分からないコトを言っていた。

⑥田中さんは政治的なものの中に日常的なもの見つけるという手法をとるのだろうか。それとも日常的なものの中に政治的なものを見つけるのだろうか。両方とも日本共産党が愛用している手法だ。どちらにしろ、パトロン達に喜んでもらわなければならない。そのためにはたぶん少し左に舵をきることになるのだろう。

これ以上ごちゃごちゃ言っても仕方ない。このインタビュー記事を読めば田中功起は自分の役割を心得ているスマートな芸術家であることが分かる。ベルリンの個展に期待しよう。



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2014.10.03[Fri] Post 22:59  CO:0  TB:0  田中功起  Top▲

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