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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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佐藤順子の《五人のマリア》北斎春画より (エッチング25×18cm)

これは北斎の春画をもとにしたF100号油彩を工房展のためにエッチングにした作品だ。F100号は『上野の森美術館大賞』に応募した3点中の落選した2点の1点。エッチングでは右側の真ん中のマリアが両手でキリストのおチンチンを隠しているけれど、北斎のオリジナルでは右手で握っている。応募作品のF100では透明にしてある。

タイトルは、たまたま見ていた宗教画の「十字架降下」の構図に似ていたけれど、そのままではあまりにストレートすぎるので《五人のマリア》にした。ところが、佐藤順子はエッチングのタイトルは「《まいった、まいった》 by Hokusai」 にして工房展に出したそうだ。

北斎シリーズのテーマは『ヌード・ルネサンス』なのだけれど、佐藤順子はどうしても「春画」にしたいらしい。




           《まいった、まいった》 by Hokusai


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2014.06.07[Sat] Post 21:44  CO:0  TB:0  佐藤順子  Top▲

佐藤順子のエッチング 《集合写真》(記録と記憶)

佐藤順子のエッチング《集合写真》(「昭和35年度都立西高等学校入学 1年D組」)をアップする。




スキャンのためもあってか少しボケている。このときはまったく写真を使って、「写真(記録)」を「思い出(記憶)」によって生き返させるつもりで描いた。夢中で描いた。そして、F10に油絵具で描いたときは「これは絵だ、これは絵だ」と自分に言い聞かせながら描いた。壁にマチスの《PURPLE ROBE》のポスターを張って。




2014.05.04[Sun] Post 15:14  CO:0  TB:0  佐藤順子  Top▲

ピカソの余白と佐藤順子の余白 (『上野の森美術館大賞展』を楽しむために)

ピカソの踊り子のドローイングを見ていたら、章の表題が《Camera and Classicist 1916-1924》となっていた。カメラとは何ごとかと検索したら、ピカソにも写真をもとに絵を描いていて、どうしても背景がかけなくなって、ちょっと描きかけたけれど、あとはキャンバス地のまま塗り残した作品《Olga in an Armchair:1917年》があることを偶然知った。 (注3)

どうしても背景が描けなくなったところはピカソの《Olga in an Armchair》と佐藤順子の《昭和35年度都立西高等学校入学 1年D組》は同じだけれど、その理由は《Olga》と《1年D組》ではまったく異なる。佐藤順子の余白は、前回述べたように、白いキャンバスが絵具を載せる台であり、載せて余ったところが余白になっている。〈絵具〉と〈色〉と〈形〉が解放され、観者の視線は自由になる。

それに対してピカソの余白は肖像画の無地の背景だ。まず、写真と絵を比べて見よう。

 

絵と写真を見比べれば、すぐにピカソが「表情表現」の古典的画家だということがわかる。写真のオルガはどちらかと言えばイカツイ雰囲気だけれど、絵の方は美人で髪には艶があり、肌は白く滑らかで、ワンピースの襟ぐりが左の胸のふくらみが見えるように下げられ、布地は柔らかい襞を作っている。

さらに、濃いブラウンの落ち着いたワンピースとソファーのカラフルな植物模様の華やかさに、モノクロ写真のメリハリのない、平等に正確な描写を対応させることができなかった。ピカソはこの時期キュビスムと古典主義の間で引き裂かれ、苦しんでいた時期であり、また同じ頃熱中していた写真は細密な描写の一方でキュビスムの抽象性も合わせて持っており、ピカソをさらに混乱させた。

キュビスムから抽象画へのモダニズムの歴史はともかくとして、余白の問題に戻れば、《Olga》は「表情表現」の絵画であり、写真では主題のオルガの魅力を引き出すような背景描写が描けなかったのだ。ところが、背景を完成させないで余白のままにしたことでかえって主題の表情表現は魅力的なものになった。(注1)

それに対して佐藤順子の《1年D組》の余白は内容的な「表情表現」のためではなく、形式的な「絵画表現」のためだ。マチスの「パターン表現」やステラの「素材表現」など、「折衷的な絵画表現」(注2)であり、白い台の上の絵具や色や形を解放する余白なのだ。余白によってわれわれの視線はパターンや素材の上を踊るように流れて行く。

ジョーンズのミツロウ入りの絵具のカタマリだけではなく、マチスの薄塗りの白もまた絵具の物質性を目に見えるように顕在化してくれる。




注1:しかし、ピカソはナダールの撮ったポートレイト写真を見なかったはずはない。ナダールはモデルに黒い上っ張りのようなものを着せ、黒い背景の前に座らせて写真を撮った。また、肖像画の背景を無地にするのは、マネ以来、広く見られる技法だった。ところが、ピカソは背景の処理に苦労しているのは確かだ。「青い海と空」や「部屋の隅の遠近法」などいろいろ試している。

注2:柿栖恒昭は「折衷的な」表現を嫌う。佐藤順子の折衷的表現が未熟さなのか、それとも新しい絵画表現の可能性を示しているのかわからない。たぶん前者なのだろう。四枚目の《1年D組》で試してみるつもりだ。

注3:Yossi Nahmi: 『Pablo Picasso > The Camera and the Classicist 1916-1924』

2014.04.19[Sat] Post 00:00  CO:0  TB:0  佐藤順子  Top▲

佐藤順子の余白 ( 李禹煥、ルイス、ステラ、マチス )

佐藤順子の《昭和35年度都立西高等学校入学 1年D組》の余白は偶然から生まれたものだ。背景に校舎を描く予定だったが、どうしても描くことが出来なかった。絵具が死んで、絵が台無しになるような気がした。柿栖恒昭によれば、キャンバスは絵具を載せる白い台なのだ。載せて、余ったところが余白になる。



少し解像度が低いので見にくいけれど、F100製作中の佐藤順子 キャンバスの上部に下絵を描いたトレーシングペーパーが捲ってある。F10号が手前に見える。絵具の汚れや余白を見るためには展覧会にどうぞ。


李禹煥の余白
ブログを始めて最初に書いた記事が 李禹煥論だった。李禹煥には『余白の芸術』の著書がある。哲学風エッセイだけれど「竜安寺症候群」の教科書的症例だ。危うく騙されるところだった。素直に作品を見ればインチキが見えて来る。蔡國強の爆発アートの余白も同じようにマガイモノだ。両者とも無地の背景で、バランス、調和、均衡などの構図のための余白だ。ところが日本人の感覚からは微妙にズレている。

ルイスの余白
ルイスのヴェール画はよく知られているようにステイニングの手法で書かれた絵だ。生の綿キャンバスに薄く溶いたアクリルを染みこませる技法だ。絵具は綿の繊維に染みこんで、余白との間で「地と図」の分離が生じない。藤枝晃雄の言葉を借りれば「ルイスにとって白地は、画面を同次元化する色彩として重要な要素である」(『現代美術の展開』p49)ということだ。もちろんこれは「絵画の平面性」に深くかかわっている。

ステラの隙間の余白
モダニズムの絵画のミディアムを構成している諸制限とは、「平面的な表面」と「支持体の形体」と「顔料の特性」の3つだとグリーンバーグは述べている。この3つの絵画の条件を《ブラック・ペインティング》は隙間の余白によってミニマムに満たしている。キャンバスの平面に、矩形のストライプに、顔料のエナメルの3つだ。

マチスの塗り残しの白と薄塗りの白
よく見えるように図像を大きくしたけれど、塗り残しの白と薄塗りの白の区別がつきにくい。白いアネモネと輪郭の塗り残しの白、ストライプ模様の白などがある。マチスの白は絵具を見せるというより、黒と協力して事物の形を際立たせる。もっと重要なのは、マチスの塗り残しの白は画面に開放感を与え視線を自由にしてくれることだ。 (ストライプの白は布地の目が見えるのでペンナイフで擦ったのかもしれない4/14追加)

佐藤順子の余白は「偶然の余白」ではあるが、《昭和35年度都立西高等学校入学 1年D組》の主題を「失われた時を求めて」から「絵画表現」へと変えてしまう。絵画表現とは「絵具」⇒「色彩」⇒「形」なのだ。観者はこれらのパターンの流れに身を任せる。

下のマチスの絵は、《1年D組》を描いているときに壁に貼って眺めていたものだ。 どうですか。幸せになりましたか。
                                         《 Purple Robe and Anemones》  Henri Matisse, 1937








2014.04.07[Mon] Post 17:28  CO:0  TB:0  佐藤順子  Top▲

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