ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--[--] Post --:--  CO:-  TB:-  スポンサー広告  Top▲

〈北斎中毒〉 会田誠と佐藤順子

会田誠は「北斎中毒」のように北斎を模写していた時期があるという。中毒までいかなくても、北斎が好きな絵描きは多い。北斎は「絵中毒」(会田)だったというのだから、北斎自身が北斎中毒だったわけだ。奈良美智は工房の壁に写楽の《三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》を貼って、浮世絵の絵師、彫師、摺師の三役を兼ねて、ひょうひょうと描いている。Youtubeの奈良美智の制作風景を見るのが好きだ。また、マチスは友人のマルケを「わが北斎」と呼び、窮屈なドミニク・アングルのデッサンと比べて、北斎を画狂老人(vieillard fou de dessinデッサン狂)と呼ぶことに不都合はないと絶賛している。

こんな大家とアマチュアの画家を同列にならべるのはどうかと思うが、佐藤順子の北斎中毒は誰にも負けない。それだけではない、二人とも北斎漫画だけではなく、北斎の春画が好きだ。会田誠には、北斎の《蛸と海女》のパロディ作品《巨大フジ隊員VSキングギドラ》があるし、佐藤順子には、《北斎春画オマージュ》のシリーズがある。と言っても、会田誠の《巨大フジ隊員VSキングギドラ》は今や現代美術の愛好家なら知らぬ者はいないと言っても良いが、佐藤順子の《北斎春画オマージュ》の方は、Twitterに一部アップしただけだ。しかも、岡田斗司夫的「美術史」から見れば、100年後200年後に今の時代を象徴する作品になれるかどうかを考えれば、いうまでもなく、《巨大フジ隊員VSキングギドラ》がマンガ・アニメの「おたく時代」の代表作として残るだろう。

それでも、佐藤順子が会田誠と並ぶ資格があると思うのは、会田が北斎の「海女の白日夢《蛸と海女》」を鬼畜系のパロディにしたのとは対照的に、佐藤の《北斎春画オマージュ》は、北斎春画はポルノグラフィーではなく、「モデルニテ」の世界を描いた北斎漫画の一部だということを見せてくれたからだ。しかし、そんな遠回りをする必要もない。今まさに旬であり、しかも、誤解されることも多い会田誠を、女性画家として理解しているのは誰よりも佐藤順子だろう。

佐藤順子の会田理解はこれまでの私のブログを読んでもらうとして、ここでは、ボードレールの「モデルニテ」の視点から、会田誠と佐藤順子の類縁性を考えて見たい。モデルニテは、ボードレールがコンスタンタン・ギース(1802-1892)について書いた美術批評『現代生活の画家』で使った言葉である。「現代性とは、一時的なもの、うつろい易いもの、偶発的なもので、これが芸術の半分をなし、他の半分が、永遠なもの、不易なものである。」 人々はルーヴル美術館に行くと、一目散にラファエロの前に行くが、現在の風俗画にこそ意をそそいで欲しいとボードレールは言う。衣裳、化粧、仕草にはいつの時代にもその時代の流行がある。

平成の最大のモデルニテは「ルーズ・ソックス」だろう。会田にも佐藤にもルーズ・ソックスを描いた作品がある。会田の作品は、センター街にたむろしているような女子高生を描いた《群娘図'97》で、佐藤の方は、北斎漫画の町人の《喧嘩》を女子高生の喧嘩に差し替えたパロディ作品だ。

以下、会田誠の《群娘図'97》のリンク先と、ニョウボの《北斎喧嘩》のパロディ作品《ルーズ・ソックス》と《ビキニ》の二作品のTwitterをコピペしておいた。その後に簡単な解説を加えている。まず、絵をよく見てほしい。


     *     *     *     *     *


(1) 会田誠の《群娘図'97》のリンク(

(2) 《北斎喧嘩》のパロディ:ルーズ・ソックス

(3) 《北斎喧嘩》のパロディ:ビキニ

*     *     *     *     *     *


《群娘図'97》は、作品集『MONUMENT FOR NOTHING』の年譜に「・・・何よりも、必ず消えることが分かっている風俗を普遍を旨とする美術で堂々と扱う勇気とか・・・・」と書いているように、まさに会田誠はボードレールのいう「現代生活の画家」なのだ。この絵の主題は、「東京の女子高生と地方の女子中学生の対比」というのだから、ルーズ・ソックスだけが主題というわけではない。他にも、白いスクールベスト、ミニスカート、ヤンキー座り、茶髪、ガングロ、タバコ、携帯など、さらには、ブルセラや援交が社会背景としてあったのだろうが、この作品が注目を浴びるようになると、《群娘図’97》は《ルーズ・ソックスの絵》と言われるようになる。それほどルーズ・ソックスはモードとして強い印象を残した。

《北斎喧嘩》のパロディ(ルーズ・ソックス)は、もともと「ルーズ・ソックス」を描くために、北斎の《喧嘩》のパロディにした。町人の仕草身振りがわかるように左の二人を残し、喧嘩をけしかけている女子高生四人をルーズ・ソックスにした。会田さんの《群娘図'97》のことはもちろん知らなかった。佐藤は、初めてルーズ・ソックスを見たとき、「これは残る」と直感したそうだ。今は廃れたけれど、いずれ復活すると言っている。ルーズ・ソックスは日本人によく似合う。観光客誘致に使えないものか。

言い忘れたが、《群娘図'97》と《北斎喧嘩》のルーズ・ソックスはタイプが違う。佐藤の方はファッションとしてのルーズ・ソックスで、可愛いジャポニスムだ。それに対して、会田のハイソックス・タイプのルーズ・ソックスはブルセラ援交のファションだ。そう思って、あらためて《群娘図'97》を見ると、写真を参考にしたのだろう、表情がリアルで、いろいろ描き込み過ぎて、会田の持ち味が生かされていない。社会批判が眼目なのだろう。対比すべきモチーフをワンショットで撮った写真なら、平成の傑作として残ったに違いない。

《群娘図'97》は、東京の女子高生と地方の女子中学生の対比が主題だというが、会田には地方から修学旅行に来た女子中学生に特別の思い入れがあるはずだ。上野公園で「失禁パフォーマンス」をする《上野パンタロン日記》の背後には修学旅行の女子中学生が笑って騒いでいるのが映っている。この女子中学生たちが後に《滝の絵》の「スク水」の少女たちになるわけだが、そのためには紆余曲折を経る道のりがあったに違いない。

《滝の絵》は「中学1年から始まった僕のある種の描画(美術予備校から始まった“美術”ではないことが重要)におけるひとつの集大成を目指した」と言っているのだから、明らかに、中学1年のときから始めた、美少女の写真を使っての自家製自家用ポルノの制作のことだ。会田は同時に公募団体系の絵画教室にも通いはじめているのだけれど、正確なデッサン力は身につけたが、自分の魅力的な線はひけなくなったと会田は告白している。

《滝の絵》は、もはや、ポルノグラフィーとしての美少女画ではない。これは会田誠の芸術上の変化ではなく、40歳という年齢の所為だ。画面中央の少女が振り返ってこちらを見ているのは、会田誠の視線に気づいたのだと、まえに、書いたことがある。それでも、《滝の絵》が「ポルノグラフィー」をまぬかれているのは、少女が、北斎漫画の「人物づくし」になっており、一人ひとりに「物語」があるからだ。この「物づくし」こそが北斎漫画の江戸の「現代生活の絵画」の方法なのだ。《群娘図'97》は尾形光琳の《燕子花図屏風》の横一列の構図を使ったというのだが、《群娘図'97》には《燕子花図》の「構図としての余白」がないのが残念である。

北斎漫画の《喧嘩》も「町人づくし」になっている。「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるように、物売りが天秤を放り投げて喧嘩に加わり、座り込んで見物と洒落こみ、指差してあれこれ品評したり、棒を持ってうしろから応援したりと、まさに江戸っ子の「喧嘩づくし」だ。会田の《滝の絵》と佐藤の《北斎喧嘩》を並べてみれば、二人とも北斎の影響を受けた「現代生活の画家」であることが分かる。しかし、両者は対照的でもある。《滝の絵》は胸が小さいスクール水着の女子中学生、《北斎喧嘩》はビキニ姿のギャル。スクール水着の似合う女子中学生はすでに居ない。ビキニが似合う男の子のようなギャルもいない。

こんなことを言うと会田誠さんに怒られるだろうが、二つの作品を並べると、まるで、示し合わせたように、ひとつの作品になる。見ていて飽きることがない。






スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

スポンサーサイト
2016.02.17[Wed] Post 10:23  CO:0  TB:0  北斎  Top▲

《北斎の春画》と《ピカソのエロチカ》

下の作品はニョウボの佐藤順子が描いた《北斎春画オマージュ》のシリーズの一部だ。他にもTwitterに添付したものがあるから「画像・動画」で見て欲しい。


もともと、ニョウボは北斎の春画に興味があったわけではない。ただ、エッチングの下絵のために、『北斎漫画』をときどき模写して楽しんでいた。そのうち油絵の大きな作品を描くには、ヌード・デッサンが役にたつと、デッサン・スクールに通い始めた。それがヌード画に興味を持つきっかけだった。日曜画家はヌード・デッサンを熱心にするけれど、ヌードそのものを画題にすることはあまりない。ニョウボは気に入ったデッサンが描けるとエッチングや油絵にしていた。

そのうち、ダブル・ポーズのデッサンもやってみたくなった。しかし、そんな便利なデッサン教室はなかった。ちょうど、その頃、「春画ブーム」のようなものがあって、いつの間にか春画が解禁になっていた。人気があるのはもちろん歌麿だったが、ニョウボは何が何でも、北斎が一番なのだ。彼女に言わせると、歌麿は着物の下の手足をごまかしているけれど、北斎の手足は着物に隠れていても、正しいところにあるという。もっとも、ときには、女のものか男のものか、定かならぬ手足が、とんでもないところから出ていることもある。

その他いろいろな事情が重なって、それならいっそうのこと北斎の春画を借用して、《Double Nude》を描いてみようと思い立った。北斎の春画はデフォルメされているし、着物で肌が隠されているので、それを脱がせて、ヌードにしてやると、ひどくまともなDuetの裸体画になった。もちろん、誇張された性器は修正するが、修正したからといって、春画としてはともかく、ダブルヌードとしての面白さがなくなるわけではない。北斎漫画のデッサンの才能はそのまま北斎春画にも生きているわけだ。ダブル・ヌードといってもギリシア的な美しく均整が取れた裸体画ではない。あくまでも、人間への愛と優しさに満ちた『北斎漫画』の世界だ。ニョウボの線と北斎の線が共振して、新しい世界が誕生した。

『春画』は西欧のエロティックな絵画とは別のものだ。春画がいくら芸術的な作品だといっても、不特定多数の客を相手にする出版業である限り、ポルノグラフィーには違いないけれど、西欧のポルノグラフィーのようなエロティックなものではない。西欧のエロティックな作品にはピカソやヤンセンなどの「ポルノグラフィー」とは区別された「エロチカ」がある。エロチカと春画の違いを一言でいえば、エロチカは神話や文学を題材にすることが多く、性は基本的に男と女の争いなのだ。なかには物語の挿絵として「レイプ」の場面もある。それに対して、春画の性は争いではなく、お互いに楽しむものであり、書き入れを読めば、男女の間に闘争はなく、どちらかと言えば、女のほうが主導権を握った「遊びの世界」である。女が男を叱咤激励しているものも多い。もっとも、女が強いというのはフランスの艶笑譚の世界も同じだろうし、そのまま受け取る訳にはいかない。しかし、西欧の宗教的禁忌が強い世界で、芸術家の性的倒錯の危険を犯した作品ともなれば、そこにはやはりいかほどかの覚悟があるだろうし、どこか暗鬱で孤独な雰囲気があるように思われる。

「北斎春画」は「北斎漫画」の別冊付録のようなもので、森羅万象を描いた『漫画』には唯一欠けている「性」が描かれている。北斎春画の世界は決してエロティックな世界ではない。そこには人間の生きる歓びが描かれている。マチスの《La joie de vivre》の世界だ。『北斎漫画』の圧巻は江戸という都会の普通の人々の生活を写生したもので、まことに、北斎はボードレールが『美術批評Ⅱ』で書いた『現代生活の画家』、すなわち、モデルニテの画家なのだ。北斎春画の「書き入れ」を日本文学研究者のリチャード・レイなどはせっかくの浮世絵の芸術性をだいなしにしているというが、春画はサブカルチャーであって、ハイアートではない。

エロティスムはタブーから生まれるとしたら、性的タブーの希薄な江戸にエロティックな芸術が生まれなかったのは道理だ。明治になって、さまざまなタブーが出来たが、「ポルノグラフィー」はあるが「エロチカ」はないという状況がつづき、またぞろ、『大英博物館』の権威と、今度は『永青文庫』のおまけまで付けて、「春画は芸術だ」と美しい歌麿のポスターで女性客を集めている。

西欧流のエロティスムを探求している例外的な作家が会田誠だ。会田さんの驚嘆すべきところは、一方で、SMや反フェミニズムの作品を描きながら、他方では、チャイルド・ポルノに誤解されるような「美少女画」を描いて欧米人を挑発していることだ。今のところ相手にされてはいないようだが、日本の現代美術家が海外で認められるために、「戦略的ジャポニスム」しか方法がないなかで、あくまでも日本の近代絵画の伝統を受け継いで、日本画と洋画の総合を目指す会田誠の孤独な戦いに思いを致すのも悪くはない。

会田誠は「北斎中毒」というほどに、北斎の模写に熱中した時期があるという。ニョウボは《北斎春画オマージュ》を終えて、想像で春画を描く練習を始めた。




                                                                            

スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2016.01.27[Wed] Post 18:30  CO:0  TB:0  北斎  Top▲

佐藤順子の伝記作者の憂鬱② 《永井荷風と高階秀爾の北斎》 

今朝、目を覚ますとまだ薄暗かった。Kindleで永井荷風の『江戸芸術論』の『泰西人の見たる葛飾北斎』のところを読んだ。Kindleは明かりを付けなくても読めるのが重宝だ。ニョウボが目を覚ますとその日一日中文句を言われる。眠られないままその章の終わりまで読んだ。最後のところで、荷風は「北斎は近世東西美術の連鎖だ」といっている。オランダの山水画の影響で成立した北斎の芸術は西欧の印象派に影響を与えた。そして、その印象派が明治維新で日本に洋画としてやってきたとき、北斎の本国で北斎のことは忘れられていたと言うのだ。荷風は鑑賞家コレクターのことを言っているのだが、画家もおなじことで、かねがね日本の近代美術は日本画も洋画も北斎を無視することから始まっているという私の主張と重なる。

今、ニョウボの佐藤順子は北斎の春画漫画を借用してマチスの「線と色彩の葛藤」に頭を悩ませている。ニョウボは北斎とマチスの線にしか興味を示さない。しかも、ニョウボの「線を見る目」には分からないところがある。例えば二人の間でマチスの《ダンス》の事がしばしば話題になった。というのも、《ダンス》はニョウボが一番好きな絵だと言っていたし、わたしもマチスの中でなんとなく良さが分かってきた最初の絵だったからだ。ところがどうも話が合わないと思ったら、私の言っていたのはあの五人が輪になった、有名な方の《DanceⅡ》で、ニョウボが言っていたのはバーンズ財団の《Dance》だった。

もっと奇妙だったのは、北斎だ。国立博物館の『北斎展』(2005年)に行ったが、浮世絵を楽しむほどの知識はなかったし、《富嶽三十六景》のデザインが素晴らしいぐらいの感想しかなかった。そもそも『春画』はなかったし、『漫画』も数が少なかったこともあって、印象に残らなかった。ところが、ニョウボは「相撲取りの絵が一番良かった」と意表をつくようなことを言った。相撲取りの絵は漫画やメンコでよく知っていたし、浮世絵も少年雑誌の口絵などに載っていたので、「本物は迫力があるなぁ」と思ったけれど、あらためて仔細に見る気にはならなかった。それが最近、ニョウボが北斎の春画をもとに男女のダブル・ヌードを描いているのを見て、ふと思い立って、『北斎展』のカタログを見てみた。


            葛飾北斎  《鬼面山谷五郎と出羽海金蔵》

そこには男二人の「ダブル・ヌード」があるではないか。ニョウボに相撲を「春画」として見ていたのかと訊ねると、そうではない、ただ、あの時は、他のと比べて一番線が生きていると思っただけで、今は『漫画』の相撲の方が好きだという返事だった。佐藤順子には相撲の取り組みの片方をビキニの女性に入れ替えたエッチングがある。ビキニを回しに見立てた作品だ。



北斎の線はアカデミーの正確な写生の線ではなく、マチスの「線画は私の感動の直接の、もっとも純粋な翻訳」の線だ。言い換えれば、北斎の線には人間への愛がある。さらに言えば、江戸時代の日本人への愛だ。北斎の相撲の絵を見れば、相撲が神事だったことがわかる。北斎の線はビゴーの風刺の線ではなくマチスの線なのだ。永井荷風の「北斎忘却」の嘆きの言葉を引用しよう。

しかしてこの新しきフランスの美術(印象派)の漸く転じて日本現代の画界を襲ふの時、北斎の本国においては最早や一人の北斎を顧るものなし。


北斎は晩年に画を極めるために漫画春画の浮世絵から離れ、故事古典や動植物宗教画に画題を変えていった。北斎自身が北斎を忘れたのだ。

マチスは1937年に書いたエッセイ『とりとめもなく』の中で、アングルの「デッサンは芸術の誠実さである。」という言葉は「服の裁断と仕立てに失敗して、体を締めつけ、その動きを不随にするような手直しをいくつもやって服をお客の体に密着させることで窮地を脱しようとはかる仕立屋を思い浮かべる」と言う。ルノワールやセザンヌがそんなことを言うだろうか、言わないだろう。しかし、すぐれたデッサン家である北斎が“画狂老人(vieillard fou de dessin)”と呼ばれるときには私は差し障りをかんじないと、マチスは言う。仏蘭西の素描の大家がそういうのだから、北斎の線はたんなる写生の線ではなく、アカデミーの解剖学の線に反抗したモダニストの線だということだ。

『VOCA展』の審査委員長をしている高階秀爾という美術史家がいる。日本近代美術史の第一人者であり、『日本近代美術史論』という著作があるのだけれど、その中の『狩野芳崖』の章の冒頭に、1958年パリで『日本古美術欧州巡回展』が開催されたときの奇妙なエピソードが書かれている。58年といえば、マチスが世を去ってまだ数年である。そんなとき、連れ立って『巡回展』を見に行った仏蘭西と日本の若い美術研究者が日本古美術評価、すなわち、永徳と雪舟等伯をめぐって、気まずい雰囲気が生まれたというのだ。フランス人は永徳が一番良いと言い、高階は雪舟等伯がしっくりくると感じる。

高階秀爾は「もしかしたら、この行き違いは、仏人が水墨画が分からないという以上に、現代のわれわれは狩野派が分からなくなっているのではないか」と言いながらも、仏蘭西の研究者はともかく、わざわざパリまで仏蘭西の近代美術史を学びに来ている高階秀爾が、「まことに近世東西美術の連鎖だ」と荷風が言う北斎に一言も触れないのは、怪訝というほかない。

高階秀爾は、フェノロサと天心の「日本画復興」の運動が日本画の発展に寄与し得たのは、江戸三百年の狩野派アカデミズムの地盤があったからだと、随分と政治的な発言をする。しかし、日本画が発展したというのは本当だろうか。むしろわれわれは明治以来の日本画洋画の近代絵画が「現代美術」のポップやコンセプチャリズムまで劣化したのは何故かと問うべきではないか。

仏蘭西のモダニズムは印象派がアカデミーのサロン展に反旗をひるがえしたことからはじまった。そして、マチスたちがアカデミーのデッサン教育に反抗することでモダニズムの精神を引き継いだ。マチスの線は、大袈裟に言えば、ポロックのポード絵画にも生きている。同じように北斎も狩野派アカデミズムに「反抗」した。しかし、日本にはモダニズムの自己批判の精神はなかった。線は写生の手段だった。遠く泰西では北斎のモダニズムは理解されていたけれど、日本では北斎の線を含めて浮世絵はあくまでサブカルチャーだったし、その誤りをただす美術史家は現在に至るまでいない。せいぜいのところ北斎は「奇想の系譜」に属する絵描きなのだ。

狩野派アカデミズムを引き継いだという日本画の線は、もちろん北斎の線とは似てもにつかぬ線だ。佐藤順子は北斎の漫画春画の線をマチスの線につなごうとしている。しかし、誰にも理解されないだろう。佐藤順子の伝記作者の憂鬱な日々は続く。






スレッド:絵画・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2014.09.13[Sat] Post 01:28  CO:0  TB:0  北斎  Top▲

北斎の春画 (週刊ポスト特別付録)

今『へんてこ論』で橋下徹の「風俗失言・慰安婦暴言」のことを書いている。趣旨は日本の性文化こそクールジャパンだということだ。いまのところ理解されていないが、そのうち寿司と同じように世界に広まる。日本の性産業は市場の競争の中で育まれたものだ。その例として、ブルーフィルムから無修正のアダルトビデオまで、日本のポルノグラフィーの進化について述べた。春画だって江戸時代のマーケットの競争の中で生まれた日本の誇るべき芸術文化だ。

それで、週刊ポストの別冊付録『春画の秘宝』を改めて見た。北斎、歌麿、春信、豊国など、なかでも北斎が断然優れている。ニョウボは北斎が好きで、《北斎漫画》を持っている。国立博物館の『北斎展』にも行ったし、埼玉県立近代美術館の『ホルスト・ヤンセン展』に行ったとき、特別展示室で北斎の春画も見ている。そこでニョウボに北斎の春画のどこがいいのか聞いてみた。



北斎 


《他の絵師とは線がぜんぜん違う。弓なりの腰が素晴らしい。太腿から膝、踵から爪先へとZ字になって続いている。小さい乳房と腹の皺、丸くなった背中、女の腰を抱く男の左腕と、男の肩を押さえる女の両腕が真っ直ぐに伸びてM字になっている。男は足と膝でちゃんと体重を支えて、三本の腕とオチンチンで二人のからだが繋がって、力学的にバランスをとっている。二人は矩形の紙にちょうど四角におさまっていて、男の着物と女の赤い着物の間に二人の桃色の肌が挟まっている。平面的な描写はマチスを思い出す。いやマチスよりいい。黒もいい。二人の髪の生え際のない黒、男の肌着の黒、陰毛の黒、マチスの黒より美しい。この絵の平面性は特別だ。村上隆の平面性はぺちゃんこだが、これは奥行がある。一瞬静止した中にうごきがある。マチスは二人の人物が絡んだ画を描けなかった。描けたのはピカソだ。《駆けっこ》は素晴らしい。もっと素晴らしいのは《眠る農夫》だ。干し藁で若い男女の農夫が昼寝をしている。二人はヴォリュームがあるけれど同じ平面に描写されており、遠くに納屋が見える。「一儀の後」の昼寝かな。好きな絵だけど、北斎の方がすごいと思う。これは肉筆画の為かもしれないけれど、北斎の春画の最高傑作だと思う。実際にモデルを見て描かなければ、こんなふうには描けない。足にしろ目や鼻にしろ、それぞれ定型があるのだろうが、北斎はその型を使いながら自分の独自の表現にしている。足の裏の筋肉がこれほどエロチックなものとは思わなかった。谷崎の趣味も分かるわね。ともかく、男は可哀想、女の道具になっている感じ。顔が大きくて性器が殆ど見えないのは容貌や表情が重要だからだ。女も男も目のまわりがほんのり赤くなって、腰を突き上げているのは女がイクところなのだろう。男が優男なのは春画が女性に人気がなければ売れなかったのではないか。》

以上です。『へんてこ論』で言ったように日本の性文化は市場の競争の中で洗練されてきたのであり、春画もまた同様だ。版画という印刷術で多数のコピーが販売され、顧客たちに比較されて売れる売れないのマーケットの選択に晒される。このように技術的芸術的に洗練されたポルノグラフィーは世界で類例がない。北斎のこの春画はその精華なのだ。









2013.06.21[Fri] Post 21:01  CO:0  TB:0  北斎  Top▲

Log in*/RSS*】  Design 「AZ+」Plugin Template...  Page Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。