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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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永瀬恭一の「藤枝晃雄批判」 : マチスの《かたつむり》

中村ケンゴを検索していて、シンポジウム『20世紀末・日本の美術ーそれぞれの作家の視点から』(2012年2月)を偶然に見つけた。そこで、永瀬恭一が「1998年の総括」で、藤枝晃雄を批判している。当時、美術評論家で食べているのは椹木野衣一人と言ってよく、誰も椹木に反論しないので批評が批評としてなりたつ状況ではなかったというのだ。その後につづく永瀬恭一の発言。

永瀬:そうなんです。そのカウンターになる壁が、ほぼ村上隆も椹木野衣も無視して、大学でお給料をもらいながら自分の 枠組みだけで仕事をしている。唯一多分藤枝晃雄(1936-)さんっていう人が、若干なりともボールを投げていたかなと思うんですが、ほとんど明後日の方 向に投げていて、しかもあの人は致命的なことに文章が書けないというか、文体が非常に特殊といいますか。椹木さんは文章が書ける人なんですが、藤枝さんの 文章って僕いまだに読めないんですよ。


確かに藤枝晃雄の文章には癖があって読みにくい。しかし書いてある中味から言えば、私には椹木野衣の文章のほうがはるかに難解だ。この違いは、椹木と藤枝の絵画の考えかたの根本的な違いから来ているのではないか。それは永瀬がシンポジウムの冒頭で述べた「二つのキー」に表れている。

永瀬恭一:僕も二つだけキーを挙げさせてもらえば、まず作品に基づいて奥から手前へという動きがあったなと思います。それから状況論的には、外部からの侵入っていう のが四分野ほどあって、文学、アメリカ経済、建築、社会学という四つの外部から美術に色々なものが侵入してきたなというイメージをもって今日話したいと思います。


前者は「グリーンバーグの平面性」で藤枝のフォーマリズムに近いだろう。後者は表象文化論で椹木の反フォーマリズムに重なる。前者はモダニズムの自己批判であり、後者はポップを含むポスト・モダンの文化相対主義である。現代美術の思考の枠組みとしては「モダンVSポスト・モダン」あるいは「フォーマリズムVS反フォーマリズム」ということになり、現代美術の議論を整理するのにふさわしい枠組みだ。

ところが、議論はそんな風に進むわけではない。各年度のアート・シーンや国内世界の出来事にそれぞれが自分の立ち位置からコメントを加えていく。そんな中で永瀬の口から藤枝の名前が出たのは、話題が美術評論家のことになり、椹木野衣の『日本・現代・美術』が美術評論ではなく文芸評論だという話からだ。文芸評論といえば文学であり、その「文学」の支配から脱し、純粋化したのがモダニズムとも言えるわけだから、ここで永瀬は当然藤枝晃雄の名前を出すことになる。何よりも、椹木野衣は『日本・現代・美術』で藤枝晃雄の現代美術批評確立の功績を黙殺したのだからなおさらのことだ。そういう意味では永瀬は議論を本来の軌道に乗せようとしたとも言える。

そうは言っても、はたして、椹木野衣が分かりやすく、藤枝晃雄が難しいというのは本当だろうか。椹木野衣は時間芸術である音楽の技法を空間芸術である美術に適用したり、社会情勢で美術の主題や傾向を説明するのだから、ジャーナリズム的には、一読してなるほどと思わせる所はある。しかし、作品を見てのフォーマリスティックな分析評価はないので、本当の美術愛好家の作品鑑賞には役に立たない。藤枝晃雄が難解なのは、「ことはそう簡単ではないこと」をその都度「目で見ること」に戻って委細をつくすからだ。

藤枝晃雄は「見ること」をおろそかにしない。このことは、藤枝のマチスやジャッド(注1)の分析を読めば分かる。試しに『現代美術の展開』所収の『マチスの空間』〈何が現代的か〉を読んで欲しい。マチスの《テラスに坐るゾラ》とデ・クーニングの《女Ⅰ》と比較して、二人のそれぞれの芸術観に反して、いかにマチスの方が難解で現代的であるかを述べている。この『マチスの空間』〈何が現代的か〉を読めばフォーマリズム批評がたんに形式主義的な分析ではなく、内容のある豊かな作品批評であることが容易に理解できる。

最後のところにマチスが没する前年に描かれた《かたつむり》の小さなモノクロの写真図版が載っている。その《かたつむり》について述べた段落を引用する。

一般にマチスの色彩もまた、かれの言葉のように心地よいとされている。けれども、それは作品を熟読すれば明らかなように、一見単純だがはなはだしく微妙で、渋く、まさに苦々しいものである。マチスを早くから評価していた評論家クレメント・グリーンバーグですら、マチスの色彩は「個性的な表現を弱めてしまう用いられ方をしている」と批判したことがある。マチスの色彩は、難解で、俗にいってくろうと受けのするものである。その色相の関係は、対称し循環する形体、構成と相まって、画面をこのうえなく平面化する。装飾的ともいわれるゆえんだが、そのような平面化こそ、あらゆる諸要素をこえた画面の全体性を強調しているのである。


この文章を最初に読んだときは、「色相の関係」「対称し循環する形体、構成」「平面化」「装飾的」「全体性」などぼんやりとしか分からず、たしかに難解だった。ところが、今年の4月からテイト・モダンでマチスの『The Cut-Outs』展が開催され、ネットに《かたつむり》の展示風景の写真がいろいろ出まわった。観客が一緒に写っている3m弱四方の《かたつむり》の展示風景の写真を見て、あらためてその大きさに衝撃を受けた。正方形のフォーマット、黒と余白の白、そして補色の使い方、四角形のカットアウトの隅が触れ合い、微妙に重なっている。白い台紙の四辺に沿ってオレンジ色の紙片が囲んでいる。

「その色相の関係は、対称し循環する形体構成と相まって、画面をこのうえなく平面化する。装飾的ともいわれるゆえんだが、そのような平面化こそ、あらゆる諸要素をこえた画面の全体性を強調しているのである。」(強調安積)

ここで思い出すのは村上隆の正方形キャンバスの《FLOWER》シリーズである。これがスーパーフラットなのかはともかく、花は重なり合って、浅いけれど奥行きがあり、花の色彩や大小の組み合わせが視線を捕らえて窮屈である。それに比べ《かたつむり》の切り抜きは平面的であり、どの色もどの形も構図を作らず、視線はパターンからパターンへ自由に流れていく。(柿栖恒昭) 藤枝晃雄は言葉だけ読めば難解だけれど、作品を見ながら読めば、おそらくは椹木野衣よりはるかにわかり易いといえる。(注1)

私のTLでテイト・モダンのマチス展に行きたいと言っていたのは今井俊介一人である。ちなみに藤枝晃雄が『マチスの空間』を書いたのは1976年だ。これでも藤枝は「アサッテの方にボールを投げていた」と言えるだろうか。

永瀬は「大学でお給料をもらいながら自分の 枠組みだけで仕事をしている」と批判するけれど、逆に言えば、美の商人たちの営業に配慮することなく、自分の枠組みである現代美術の研究ができるということだ。現代美術は作品よりも思想やコンセプトが重要だという。だから理屈がつけやすい作品が評価される。作家も評論家も見ることを忘れて、喋ることに専念しているようだ。見ることを求める作品は理解するのが難しい。結局のところ、難しいのは藤枝ではなく、マチスなのだ。そしてその見ることを教えてくれるのが藤枝のフォーマリズム批評といえる。 藤枝の『マチスの空間』の結論部を引用する。

私は、マチスについていささか大仰に書きすぎたかもしれない。しかし、こう書かねばならないほど、かれは、芸術以外のことに屈服しすぎている美術、わけてもわが国の美術のなかで、軽視ないしは誤解されているように思われるのである。


40年前と事情は少しも変わっていない。 マチスは室内画で角のない形体を使ったパターンからパターンへの流れを、《Escargot》では角のある四角の切り抜きでやっている。下の写真をもう一度見て欲しい。もちろんプロが撮った写真だけれど、モデルは少しも邪魔になっていない。しかし、誰も驚かない。










注1:ジャッドのミニマル・アートについては、『現代美術の展開』の「〈あとがき〉に変えて」の(12)(13)を参照 藤枝晃雄は絵画が「知覚に基づいた想像」であることを理解している数少ない美術評論家の一人である。



スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

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2014.08.08[Fri] Post 01:19  CO:0  TB:0  -藤枝晃雄  Top▲

『経済成長がすべてではない』:シンガポールの芸術事情

『monopol』というドイツの芸術雑誌にシンガポールの芸術週間の見聞録が載っていたのでその要約を載せる。近頃はアジアのアートシーンがツイッターなどで紹介されているが、シンガポールの特殊な事情はあまり紹介されていないので少しは役に立つだろう。

以下要約


シンガポールの《Art Stage》と香港の《Art Basel》では何処が違うか。シンガポールの見本市の設立者でありデレクターであるLorenzo Rudolfは、香港はバーセルの支店のようなものだ。それに対してシンガポールは最初からアジア独自の見本市として企画された。シンガポールは都市国家であり、自由な市場だ。

 Lorenzoは2000年までArt Baselのデイレクターをしており2011年には《上海現代美術》die Messe ShContemporaryを率先して企画した。《Art Stage》に出店した100のギャラリーのうち80%がアジア太平洋地域からだが、Art Baselは50%である。ベルリンのギャラリストMatthias Arndtは4年前からシンガポールに興味を持ちギャラリーを見て回った。そして去年シンガポールに支店を出したが、仕事は軌道にのっている。木彫を一体売って3万ユーロのブース代の元がとれた。(香港の《Art Basel》のブース代は9万ユーロだった。)

見本市に平行してシンガポール芸術週間か開催され様々な行事展覧会が行われる。港湾地区には芸術村が設けられたが、シンガポールでは芸術はすべて経済成長のために設計されている。しかし、シンガポールは経済成長だけで社会の未来像を描くことは出来ないのではないか。

国が学ばなければならないことは、芸術は「抵抗やタブー破りや汚れ」とも関わっていかなければならないことだ。シンガポールは豊かで清潔で安全な都市である。ここではすべてに均衡と調和が計られている。人種差別しない、宗教のことは話題にしない。50年以上同じ政党が政権の座にある。これを受け入れているのは秩序と繁栄をもたらしてくれるからだ。道路やベランダには樹木や花がいっぱいで南国の空気は新鮮だ。たしかにこれは風水には理想的だが、アートシーンの創設にはそれだけでは不十分ではないか。

女性芸術家のDonna Ongは目下ベルリンのベタニアンのレジデンスで奨学金を受けて制作している。彼女が言うには、芸術が同性愛とか死刑などのテーマに触れる自由はシンガポールにはない。此処十年で事情が変わったのだ。以前は芸術はもっと自由で実験的だった。というのも誰も芸術に関心がなかったし、マーケットも存在しなかった。当時はパフォーマンスの見物人は少なかったけれど、今日ではみんな専門的でネットワークができており、芸術の出来事は国際的に繋がっているのだ。

Lorenzo Rudolfも検閲を経験している。2年前の《Art Stage》でインドの芸術家が裸のパフォーマンスをした時だ。テントの中だったのだが、警察が大挙してやって来た。パフォーマンスは禁止され、責任者は取り調べを受けた。警察を大ぴらに批判はできない。それに他のことではシンガポルールの政府から援助を受けている。相談窓口は文化省ではなく、産業省だ。見本市のチーフなら産業省とうまくやれるだろうが、若いパフォーマンス・アーティストは結局は西欧に行くしかない。ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリンの学校へ行くか奨学金を貰うしか道はないのだ。


今日の産経にシンガポールのインド人街で40年ぶりに暴動が起きたという記事が掲載されていた。マレー人と華人の対立が外国人労働者を差別することで解決しているのだろう。いくら表通りが綺麗でも差別や格差は隠せないものだ。

会田誠はインドネシアの雑然とした街を見て創作意欲が湧いたと言っていたが、シンガポールの印象はどうなんだろう。経済も美術市場も香港の次はシンガポールだみたいな風潮はいかがなものか。

日本では検閲というのは官憲がやるものではなく、人権弁護士や美術評論家がやるものらしい。

そう言えばクール・ジャパンも文科省ではなく、経産省ではなかったか。












2014.01.24[Fri] Post 16:18  CO:0  TB:0  美術評論  Top▲

島田章三の《課題制作》とマチスの《ニースの大きな室内》:遠近法と三角形

図形と図像の違いについては、これまでにも触れてきた。三角図形や「ハの字」が狭い方に向かって遠ざかる奥行きの感覚と、線路や道路や並木道が遠ざかる遠近感は異なる。前者は図形で、後者は図像だ。もちろん図形を図像に無理矢理見ることは出来るし、どちらにも見える絵を書くこともできる。しかし、それはたいていは不安定なものだ。

さて、次の独立法人国立美術館の検索ページで島田章三の《課題制作》を見て「三角形」や「ハの字」を探してほしい。

所蔵作品総合目録検索システム 島田章三:課題制作(1980年)

三角形はホワイトボードのハの字を含めて全部で6つある。このなかでハッキリと遠近法的奥行きがあるのは、白板のハの字だけで、三角定規をふくめてあとは、平面的な図形になっている。鋭角の方向はバラバラであり、三角形や矩形はキュビスムの絵画言語なのだが、多視点を総合するようなつながりはなく、床や壁に散らばっている。中でも床に描かれた(と思う)赤と黒の1/4の円とホワイトボードの台座の矩形と丸まった紙と三角定規の面がちぐはぐである。ちぐはぐなのは構わないが、肌が灰色の人物の背景としてどんな効果を上げているのかわからない。

マチスの《ニースの大きな室内》にもハの字と三角形がある。フレンチウィンドウの下の羽目板が透視図法のハの字になって、室内空間を女性がいるヴェランダにつなげている。もう一つの大きな三角形は開けたモスリンのカーテンだ。フックに留めたタッセルから天窓まで、カーテンの黒いフチが三角形になっている。この三角形は図形ではなく図像である。具象的事物のカーテンが作っている三角形だからだ。その三角形は床から天井に、窓枠に沿って、上に垂直に伸びている。三角形図形のように、頂点に向かって、遠くに消えていく奥行きのイリュージョンを見ようとしてもなかなか見えない。なぜならそれは天井から吊るされたカーテンだからだ。

もちろんデッサンのちぐはぐはある。しかし、それは、《課題制作》と異なり、豊かな空間を生み出している。カーテンと「開けられたフランス窓、ブラインド、明かり取りの窓、そして壁」の間に空間の「イリュージョンがある。特筆に値することだが、明かり取り窓の花弁がカーテンを透き通して見え、同時に陽の光が当たり、カーテンに花弁の影を作っている。

これ以上付け加えることはない。マチスの《ニースの大きな室内》と島田章三の《課題制作》を見てもらえばいい。

2011.11.09[Wed] Post 22:45  CO:0  TB:0  美術評論  Top▲

『写真はインデックス記号か?』(再掲)

ホームページ『絵画の現象学』の評論『写真はインデックス記号か?』を転載しておく。これはまだ、図像客体と図像主題の類似と図像主題と被写体の類似の違いをハッキリとは理解していない。注意して読んでください。
 

     『写真はインデックス記号か?』

 これはバルト批判のつもりで書きはじめたものだが、中途半端に終わってしまった。バルトは写真を記号学的に分析すると言いながら、記号学的修辞で飾り立てた古典的な図像学を開陳している。彼の映像の修辞学と称するものは、広告写真のイコノグラフィーである。広告写真と宗教画は同じ目的をもっているのだ。

*  *  *

 写真の本質は「それはかってあった」だと、バルトはいう。写真は常に実在を示すが、絵は、ケンタウロスであろうが、リンゴであろうが、「それはかってあったもの」ではない。もちろん絵も、今そこに存在するがごときイルージョンを呼び起こすことはできるけれど、「それはかってあった」ものではない。ラスコーの洞窟画は、写真に負けない迫真性をもっているし、そこに描かれている野牛は、「かって存在していた」と考古学者は推測するだろう。しかし、その野牛は想像上の動物かもしれないし、たとえ存在したとしても、そこに描かれているとおりの、具体的な個体として、その野牛が存在したわけではない。図像の迫真性と対象の実在性とは別であり、絵は実在に達することはできない。
 絵は、それがどんなリアルな写生画でも、絵筆によって描かれたものであり、画家の想像力がしみ込んでいる。それにくらべ、写真はいわば指紋であり、いくらボケていても証拠になる。ネス湖の恐竜も空飛ぶ円盤も、そして雪男も、写真があるから実在するというわけだ。
 天使は写真に写らない。写真に写るのは眼にみえるこの世の事物だけである。したがって、すべての写真の被写体は存在する。これは写真である。ゆえにこの被写体は存在する。この三段論法によって、写真は魔術になる。たんなる描写のリアリズムを超えて、写真は、実在を付与する呪術的リアリズムとなる。
 写真は誕生したときから特権的な図像であった。たとえば、ダゲレオ・タイプは、鏡に写った像を、そのままガラス板に定着したように思えたし、また、写真を撮られると、自分の表皮が剥がされて、寿命が縮まると、おそれる者もいた。これは写真画像が、絵画とくらべてよりリアルで迫真的であったことはもちろんだが、それよりも、写真が機械的化学的操作で生み出されたからである。写真師が、まるで手品のように、暗箱から写真をとりだす。写真の魔力は、リアルな迫真的描写ばかりではなく、逆説的なことに、写真が反魔術的な科学的データだということから生じたといえる。
 記号論者のパースは、写真が絵画の仲間ではなく、足跡指紋の仲間だと考える。まず、記号をイコンとインデックスとシンボルの三つに分け、絵をイコン(図像)に、写真をインデックス(刻印)に、そして、言語をシンボルに分類する。インデックスとは対象と実在的連関のある記号のことである。写真は足跡のように直接の接触によって出来るわけではないが、事物に反射した光が、レンズを通しフィルム上に結んだ像を、銀化合物で写し撮ったものだから、写真は事物の薄膜を剥ぎ取った光のインデックスなのである。
 たしかに、写真の起源はインデックスである。ニエプスが世界ではじめて撮った窓外の風景は、影絵のように階調性に欠けていたし、同じ頃、イギリスのタルボットは、銀化合物を塗った紙の上に、直接、木の葉やレースをのせて、フォトグラムを作っていた。後にマン・レイが再発見するフォトグラムは、写真がイコンではなく、インデックスであることを示している。
 たしかに、写真が証拠になるのは、インデックスだからだ。しかし、それだけでは写真の魔力、不在のものを眼前に髣髴と呼び出す魔力を説明することはできない。もちろん、インデックスにも対象の姿かたちを示す図像性がある。砂浜に付いた足跡は左右凹凸が反転しているけれど、足に似ているし、紙に押した手形は、二次元だけれど白黒二階調の手の形をしている。しかし、どちらも写真の特徴である陰影濃淡の階調性はない。これはデスマスクを見れば、なおはっきりする。白い石膏のデスマスクは実物の大きさ凹凸を正確に再現しているけれど、それがいったい誰なのか、鼻や顎などの部分々々の特徴をくらべて、かろうじて推測できるだけで、まとまった一人の顔として認識するのは難しい。しかし、写真なら、誰だかすぐに分かる。ほくろも傷もある、一人の特徴ある人間の顔として記憶も出来る。写真には他のインデックスとは違う陰影濃淡があり、知覚されたものと同じ階調性がある。写真は、絵画がながいあいだ望んでいた、イリュージョニズムを実現したハイパー・リアルな図像である。写真はインデックスでもあるし、イコンでもあるのだ。
 写真の真理は二重である。一つは図像、すなわちイメージとしての真理であり、いっさいの前提なしに一枚の写真を眺めるときに現れる真理、写真のリアルで細密な再現表象の真理であり、被写体が、あたかもそこに存在するかのように現出していることである。もう一つは光学的化学的な真理、すなわちレンズの屈折や、感光乳剤の化学反応の真理であり、画家の手ではなく、まったく物理化学的な過程で作られた画像の客観性である。後者のインデックスの科学的真理は、本来は脱魔術的なもので、イコンの図像的魔力に反するのだけれど、化学がまだ魔法から抜けきらなかった時代に、写真を撮ったり、撮られたりする写真実践の繰り返しの中で、歴史的に沈殿した制度として、イコンとインデックスが一つに融合して写真の真理となったのである。
 バルトはこの写真の真理を「それはかってあった」だと言うのだが、それは自分の母の写真を見て、母を追慕しているのであり、バルトの母親を知らない者は、そこに過去を見るとはかぎらない。日常の生活では、写真はたいてい過去ではなく現在を示している。パスポートの顔写真は写真を撮った三ヶ月まえの顔ではなく、いま現在の顔だし、観光ポスターのエッフェル塔は、いまパリに立っているエッフェル塔である。もちろん写真に過去を見ることもある。たとえば、被写体の人物がすっかり変わり果てた姿をしていたり、写真そのものが古びたセピア色だったりすれば、「それはかってあった」という意識が伴うだろう。古いアルバムを見れば、まだ若い頃の自分や家族たちに出会うわけだし、また、その中の一枚の写真に没入するなら、過去意識は薄れ、その写真の中の〈今に〉生きることになる。写真の時間意識は、さまざまに変容するのであって、バルトがいうように、写真の本質が「それはかってあった」だとは一義的にいうことはできない。
 絵画をふくめた図像一般の時間構造は、基本的に今と過去と過去完了(場合によっては未来完了)である。たとえば、ダヴィッドの「ナポレオンの戴冠式」は、美術品としてルーブル美術館にいま展示されている。そこには過去の出来事があたかもいまそこで行われているかのごとく、迫真的に再現されているのだけれど、そこに描かれている〈出来事の過去〉の他に、絵画には、絵筆のタッチという別の種類の過去がある。恐竜の足跡が、恐竜の歩行の軌跡であるように、タッチは画家の手の動きの軌跡であり、画家の手の運動を記憶している。したがって、「ナポレオンの戴冠式」には、ダヴィッドが絵を描いた時間と戴冠式が行われた時間のふたつの過去があることになり、絵画のタッチは、いま、知覚されている絵の具という物質であり、この今の知覚対象を媒介にして過去が志向されているのだから、〈絵画制作の過去〉は現在完了であり、戴冠式そのものは絵画制作より前の過去、すなわち過去完了ということになる。
 ところが、写真にはこのタイム・ラグがない。もし、「ナポレオンの戴冠式」が写真なら、写真制作と戴冠式の時間は同時であり、シャッターが押された瞬間に、乳剤が感光し、戴冠式の画像が定着する。しかも、写真の表面には、絵筆のタッチのような、偶然的なものはなく、印画紙の表面はなめらかで、乳剤が感光した痕跡はどこにもない。したがって、写真の過去は単純過去であり、絵画のように過去が二重構造にはなっていない。
 写真の真理は二重であり、写真と絵画を分けるのは、写真が単純なイコンではなく、インデックスでもあったからだ。ところが時間構造の分析では、イコンであるはずの絵画にはインデックスの複合過去があり、インデックスであるはずの写真にはインデックスの複合過去がないという反対の結論に達した。いったい写真にインデックスの真理を認めたのは間違いではなかったのか。
 写真を含めた図像の時間性は複雑多岐にわたっており、図像には、知覚はもちろんのこと、想起や想像や記号意識などが複雑に絡みあい、個人的な写真経験だけではなく、百六十年の写真の歴史が沈殿している。純粋な視線などというものはないし、見ることを完全に純化することも出来ないけれど、写真の真理をしるために、まず、写真の特権を剥奪し、写真と絵を区別しないことである。写真とは、印画紙の表面に現れた図像のことであり、それ以外のもの、現像やプリントの過程、カメラの構造原理などは、いっさい根拠を持たない。あたかも写真をはじめて見た人間のように写真を見ること、ラスコーの洞窟の住人のように写真を見ることから始めなければならない。
 写真はインデックス記号ではない。幸いというべきか、コンピュータの画像処理の発達で、写真の証拠能力がなくなってきた。写真が証拠になるのではなく、写真のほうが、真理であるために、証拠が必要になったのだ。
 ゲルハルト・リヒターは、写真がインデックス記号ではなく、ただ、写真様式で描かれたイコン記号だということを示しているのだ。

もう一度、確認しておくと、図像記号というのは、知覚している図像客体がそこに現出した図像主題を指示することだ。そこに現れた図像主題が誰を指示するかは別の問題だ。写真はダイレクトに図像客体が図像主題を貫徹して実在の人物に的中しているという確信がともなう。










2011.10.19[Wed] Post 15:38  CO:0  TB:0  美術評論  Top▲

藤枝晃雄と高橋洋一

高橋洋一がTwitterでつぶやいている。

ジャーナリストといいながら、役所や企業の広報誌には書くとちょっと微妙。その役所や企業の提灯持ちと宣言したと受け取られかねない。それも一つのポジションであるから開示しておけばいいという考えもあるけどね。(

役所や企業の広報誌にあきらかに役所や企業の文章を自分の名前で載せる人がいるけど、これって典型的な便宜供与だよね。(


藤枝晃雄が、画廊のカタログに文章を書く学芸員について同じようなことを『現代美術の不満』の中で言っている。美術品も商品なのだ。そういう批評家のことを藤枝氏は「美の商人」とよんでいる。



2010.08.22[Sun] Post 18:31  CO:0  TB:0  -藤枝晃雄  Top▲

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